(スコアカードhttp://www.espncricinfo.com/india-v-australia-2016-17/engine/match/1062574.html)
『テストクリケットは死の淵にある。』(“Test cricket is dying”)このフレーズが使われ初めて何十年にもなる。21世紀という社会の中に一試合に最大5日を要する試合形式の居場所はあるのだろうか?人々のライフスタイルの変化とともに、ワンデイクリケット(1試合約7時間)やTwenty20(約3時間)という短時間で終わる試合形式が登場し人気を博す一方で、テストマッチの観客数やTV観戦者数は多くの国で減少傾向にあるという。
テストマッチを愛するファンにとって心配の種は尽きないが、クリケット最古の試合方式の素晴らしさを再確認できた4日間であった。インドとオーストラリアという世界ランキング1位と2位のチームが4日間を通して素晴らしい試合を繰り広げただけでなく、数万人のバンガロールのファンが週末・平日問わずスタンドを埋め、チームの遠征に同行している数百人のオーストラリアサポーターがユーモア溢れる野次を飛ばし続け、素晴らしい雰囲気を作り出していた。
観戦した試合は2/23から3/29までインド4都市で行われる4戦シリーズの第2戦である。オーストラリアは歴史的にインドのコンディションを苦手としており、シリーズ前にはオーストラリアの苦戦を予想する声が多数派であったが、中西部の都市プネで行われた第1戦目はキャプテンSteve Smithと左投げのスピナー(投げる際にボールをスピンさせ、バウンド後の変化を武器とする投手)Steve O’Keefeの活躍でオーストラリアが勝利を収めた。インドにとっては約5年ぶりのホームでの敗戦である。
1日目
クリケットの大きな魅力の一つがピッチの多様さだ。世界に一つとして同じピッチはなく、バウンドの高低やボールの横の変化に影響を与える。両チームは試合開始前にピッチの状態を見極め、それに合う11人の選手を選ばなければいけない。
インドのピッチは赤土や粘土を多く含むため、オーストラリアのピッチより柔らかいことで知られる。同じスピードで放たれるボールでもバウンド後に減速するため、打者はボールを見極める時間が増える。インドが「ファーストボウラー(ボールのスピードと空気中の変化を武器とする投手)の墓場」と呼ばれるのはそのためだ。また、最大5日間灼熱の日光にさらされるピッチは、日がたつにつれてモザイク画のように割れていく。その結果として、縦横供に不規則なボールの変化が増え、バッティングは困難になっていく。インドはRavichandran AshwinとRavindra Jadejaという世界トップクラスのスピナーを擁するが、消耗した4日目、5日目のピッチでこそスピナーはその真価を発揮する。
コイントスに勝ったインドのキャプテンVirat Kohliはバッティング先行を選択する。インドのピッチの特性を考えれば当然の選択だ。テストマッチでは両チーム2回バッティングを行うが、オーストラリアは最後のバッティングを4,5日目の消耗したピッチで行うことが濃厚だ。インドはレギュラー選手の怪我で4年ぶりにチームに復帰したAbinav Mukundを試合開始早々Mitchell Starcの速球に失うものの、着実に得点を重ねてゆく。ランチまでの2時間28オーバーで72ランを挙げる。インドにとって悪くないスタートだ。オーストラリアも2つのアウトを奪い、インドに試合の主導権を渡さない。
40分の休憩をはさんで、インドのバッティングが再開される。キャプテンで4番打者のKohliの登場にスタジアム全体が歓声に包まれる。しかし、その歓声も長くは続かない。オフスピナーNathan Lyonのボールの変化の見極めを誤り12ランでアウトになる。オーストラリアは勢いづく。その後インドは着実に得点を重ねていくが、オーストラリアも定期的にアウトを奪う。ティータイムまでの2時間でインドはさらに96ランを挙げ、オーストラリアはKohliを含めて3つのアウトを奪う。ややオーストラリア優勢の展開と言えそうだ。
ティータイム後の約30分間のプレイをスタジアムにいた誰もが忘れないだろう。インドは21ランをそれまでのスコアに加えたのみで、その間に残りの5つのアウトを全て失う。189ランオールアウト。目標としていたスコアの半分にも満たない。オーストラリアのヒーローはNathan Lyonだ。バウンド後のボールが高く跳ね上がるピッチコンディションに合わせて、縦に回転させる球種を多用し10のうち8つのアウトを奪った。試合球をファンに掲げながらチームの先頭に立ち控室に戻るLyonにスタンドのオーストラリアサポーターが大きな歓声を送る。
10分間後、オーストラリアの1度目のバッティングが開始される。1日目のプレイ終了まで16オーバーをオーストラリアは凌ぎ、翌日のバッティングに繋げなければならない。インドの4人の投手陣はコントロール良く投げ、オーストラリアの得点を許さないもののアウトを奪うことは出来ない。オーストラリアが40ランを挙げた時点で1日目のプレイが終了する。オーストラリアにとっては完璧なスタートだ。初戦を落としているインドは後がない。
India 189 all out(KL Rahul 90,N Lyon 8-50)Australia 40-0 (D Warner 23 not out,M Renshaw 15 not out)
2日目
2日目の90オーバーを通してオーストラリアが挙げた得点は僅かに197ラン。試合を見ずにスコアカードだけを見れば展開の遅いつまらない1日に思える。きちんと観戦したファンにとってはひと時も目を離せない6時間だった。まだ若いオーストラリアチームだが、4年前にインドに大敗したチームに欠けていた芯の強さがある。
決してバッティングに適したピッチコンディションではない。昨日と比べてピッチの割れ目が80メートル離れたスタンドからも鮮明に確認できる。割れ目に当たったボールは低いバウンドでオーストラリアの打者のバットの下を通る。当たらなかったボールは高く跳ね上がる。典型的なインドのピッチだ。インドはこの日6つのアウトを奪ったが、その内3つは不規則なバウンドによるものと言えるだろう。
この慣れないコンディションの中で、輝いたのがオーストラリアチーム最年少のMatt Renshaw(20歳)と最年長Shaun Marsh(33歳)の二人だ。インドのスピナーが猛威を振るう中で、コンパクトかつ早いフットワークでボールの変化に上手く対応していた。Renshawは196球から60ラン、Marshは190球から66ランをそれぞれ挙げた。二人の忍耐強いイニングがこの試合の勝負を分けるかもしれない。
インドの4投手は90オーバーを通してオーストラリアにプレッシャーをかけ続けたが、疑問が残るのはKohliのキャプテンシーだ。4投手の中で3つのアウトを奪ったRavindra Jadejaに僅か17オーバーしか投げさせなかった。彼が30オーバーほど投げれば違った展開になったかもしれない。
2日目のプレイを終えた時点でオーストラリアのリードは48ランだ。明日出来るだけそのリードを積み上げていかなくてはいけない。バッティング後攻のオーストラリアは最後のバッティングを消耗した4日目以降のピッチで行うことになる。今1点でも多く積み上げたリードが後で貯金として生きる。
India 189 all out Australia 237-6(S Marsh 66,M Renshaw 60,R Jadeja 3-49)Australia are 48 runs ahead
3日目
ここまでのシリーズを通して、インドが初めて始終優勢に進めた1日だった。テストマッチの勝敗を決めるのは一般的に3日目のプレイと言うが、まだ勝負の行方は読めない。
灼熱の太陽にさらされピッチの割れ目は広がる一方だ。さらにそれに加えて30度を超す気温と低い湿度がピッチに残る水分を奪い続ける。乾いたピッチはスピナーの横の変化を助ける。インドの二人のスピナーJadejaとAshwinにとって理想的なコンディションだ。
前日までのリードを少しでも広げたいオーストラリアだったが、インドの二人のスピナーが立ちはだかる。前日までの得点に39ランを加えた時点で最後のアウトをJadejaに奪われる。87ランというリードはオーストラリアにとっては充分とは言えない。このピッチでAshwinとJadeja相手に2度目のバッティングで200ラン以上を奪うのは不可能に思える。
10分後、インドの2度目のバッティングが始まる。インドは300ラン近くの得点を挙げなければ勝利は見えてこない。ティータイムまでの約3時間は本当に見ごたえがあった。インドは積極的に得点を重ねるが、オーストラリアもアウトを奪い続ける。ティータイムの時点でインドは4つのアウトを失い、122ラン。オーストラリアとの得点差はまだ僅かに35ランだ。オーストラリアはこの後も定期的にアウトを奪えれば歴史的勝利が見えてくる。
試合を通してオーストラリアに後悔の残るプレイがあるとすれば、ティータイム後の2時間の投球だろう。Lyonは高いバウンドが失われたピッチに上手く適応できていないようだ。インドにとって1日目のような脅威ではない。Mitchell Starcはコントロールが定まらずインドに不必要な得点を許した。インドは3番打者のCheteshwar Pujaraと6番のAjinkya Rahaneがゆっくりながらも着実に得点を重ねていく。キャプテンのKohliばかりが注目されるが、このチームに安定感をもたらすのはやはりこの2人だ。ティータイムから3日目のプレイ終了までの2時間でインドはアウトを失わずに91ランを積み上げた。リードは126ラン。インドの強さが戻ってきた。試合の主導権はオーストラリアの手を離れつつある。明日が最終日になりそうだ。
India 189 all out & 213-4(C Pujara 79 not out,A Rahane 40 not out)Australia 276 all out India are 126 runs ahead
4日目
実力が均衡する2チームによるテストマッチほどエキサイティングなクリケットはない。無数に考えられる組み合わせからキャプテンが選んだ守備位置を見てチームのゲームプランを予想するのはテストマッチの醍醐味のひとつだ。試合時間の短い他の2方式にはこの深さはない。個人のプレイが試合の流れを短時間で変えることができる一方、戦略が試合結果に与える影響は小さくなる。テストマッチを「芝でするチェス」と呼ぶ人がいるが、テストマッチの魅力は戦略の奥深さにある。
この試合は3日間のプレイを終えてまだ結果が読めない。ピッチのコンディションは消耗する一方だ。バッティングはますます困難になっていく。オーストラリアは早めに残る6つのアウトを奪って、2度目のバッティングで必要なランを最小限に抑えたいところだ。
昨日の勢いのまま試合を進めたいインドだったが、RahaneとPujaraを早々に失う。Starcの150キロを超す速球はインドの遅いピッチでも脅威だ。Josh Hazlewoodもコントロールよくインド打者の勢いを抑える。オーストラリアが残りの6つのアウトを奪う間にインドは61ランを昨日の得点に加えることしかできない。オーストラリアは2度目のバッティングで188ランを奪えば勝利となる。インドはその前に10個のアウトを取らなければならない。
40分のランチ休憩を挟んでいよいよオーストラリアの最後のバッティングが始まる。Ashwinとオーストラリア打線の一騎打ちとなりそうだ。ピッチが消耗していくなか、オーストラリアは積極的に打ちにでる。Ashwin相手に守りに入れば勝ち目はなくなるからだ。ランチ後の1時間でオーストラリアは2つのアウトを失い、65ランを積み上げた。AshwinとキャプテンのKohliに焦りが見え始める。
試合の流れを変えたのはオーストラリアのキャプテンSmithがアウトになった瞬間だ。Umesh Yadawの投げたボールはほとんどバウンドせずにSmithのバットの下を通過した。アンラッキーなLBWだ。Mike Athertonの本の一節が頭に浮かぶ。「人生はフェアじゃないのだ。クリケットがフェアな方がおかしい。」“Life is not fair,why cricket should be?”
この時点まででオーストラリアは4つのアウトを失い、74ラン。勝利はまだ遠い。経験の浅い下位打線にAshwinが襲い掛かる。残る6つのアウトの内5つをAshwinが奪い、インドが75ラン差で勝利を収めた。平日にもかかわらず満員に近いスタジアムの歓声を一生忘れないだろう。
シリーズは2試合を残し、1勝1敗だ。19日からの第3戦が待ちきれない。
India 189 all out & 274 all out(C Pujara 92, J Hazlewood 6-67)Australia 276 all out & 112 (S Smith 28, R Ashwin 6-41)
杉山 アモード (滋賀クリケットクラブ所属)